ザルツブルグコンサート紀行 2006年5月  穴原明司

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    昨年の8月7日、ザルツブルグでモーツアルトを演奏してきた。などと突然言い出したら、
    「エエ! ウソッ!! ド素人が? そりゃメチャヤデ! 」
    仲間のそんな呆れ顔が目に浮かぶ。しかも、わが郷土・篠山が誇るメロマンのメンバーがコトを運んだとなれば、これはまさに夏の椿事である。少々遅きに失するが、まずはご注進に及ぶ次第である。

    1.  ことの始まり
    仕掛け人は「男は黙ってホルンを吹く」松本さん。定演も終った一昨年の12月、 「一度ザルツブルグで演奏してみたいナー」の一言。早速飛びついたのが少々尻軽傾向のある私。橋渡しをしたのが音も形も円満なクラの酒井さん。メロマンの誇る?木管の面々である。酒井さんのメールにすぐさまザルツブルグモーツアルテウム管弦楽団のファゴット奏者冨永氏から、歓迎の返事と同時に7月末ではどうかの返事。このチャンスを逃してはならじと意気込んでみたものの、クラ、ホルン、ファゴットの三人で演奏できる曲はない。誰を誘って、どんなプログラムにするか、7月末に休暇が取れるか、たちまち難問山積。
    とりあえず、夏休み前に長期休暇は無理ということで、8月4日からの一週間に変更して決着。編成は、弦・管の構成にして、日ごろから室内楽を楽しんでいる萩森さんに声をかけようかと相談したが、弦四部が必要であり、調整が大変になるという理由で、人員が少ない木管五重奏にしようと決めた。そして幸いにも、私の所属する大阪医師会フィルハーモニーの優秀なフルートとオーボエが快諾してくれたので大枠は決まった。
    残るはプログラム。ザルツブルグでやる以上、モーツアルトを入れないわけにいかない。しかしご存知のとおり、モーツアルトにはオリジナルの木管五重奏曲はない。しかし「ピアノと木管のための五重奏曲」が一曲ありしかも素晴らしい名曲。そこでこの曲をプログラムの柱に据えることにして、参加してもらえそうなピアニストを探すことになった。 まさに泥縄!。ところが縁とは真にありがたいもので、これまでも時々室内楽を合奏していた名手に恐る恐る声をかけたところ、ザルツブルグなら是非参加したいと、二つ返事でOKしていただき、これで六人のサムライ全員が決まってほっとしたものの、既に3月も末になっていた。

    ここで改めてメンバーを簡単に紹介する。
    フルート:村本典子 大阪医師会フィルハーモニーに所属。松下電器産業勤務。
    オーボエ:宮崎 浩 大阪医師会フィルハーモニーに所属。
    大阪大学大学院基礎工学 研究科助教授。
    クラリネット:酒井 弘 メロマン室内管弦楽団・京都市民管弦楽団に所属。
    「まち創生研究所」代表取締役。
    ホルン:松本治夫 メロマン室内管弦楽団・三木室内管弦楽団に所属。
    トヨタ自動車販売会社勤務。
    ファゴット:穴原明司 メロマン室内管弦楽団・大阪府医師会フィルハーモニー他
    多数の室内楽グループに所属。
    賛助出演
    ピアノ:山岡さゆり 大阪音楽大学ピアノ科卒業。
    現在、室内楽を中心に活動し、後進の指導にも当っている。

    2.  練習と選曲
    さっそくそく練習を始めることになり、可能な日曜・祝日をすべて洗い出したところ、6回の練習が設定できた。毎回、朝10時から夕方5時まで、昼食を鋏んでハードな練習になったが、みな希望に燃えて元気いっぱいであった。2回目の練習を終えて、お互いのクセも分かり、エンジンもかかり始めた5月半ば、冨永氏から緊急のメールが届いた。

    (1)モーツアルテウムの会報に演奏会の宣伝記事を載せるから、メンバーのプロフ ィールと写真を送れ。
    (2)プログラムを作るから、曲目を知らせよ。
    (3)演奏時間は、こちらでの通例に従って1時間に収めてほしい。
    (4)アンサンブルの名称は何か。

    8月はまだ先の話とのんびり構えていた我々は、準備に必要なマネージメントをすっかり忘れていたことに驚き、一挙に目を覚まされた。大慌てで1回目の練習記念に撮った写真を添えて、曲目までは送ったものの、グループの名称は決められないので、そちらで適当に決めてくださいと真にいい加減な返事を出して急場を凌いだ。しかしこのショックでザルツブルグ行きが身近に実感され、練習にも緊迫感が生まれた。
    プログラムは、モーツアルトを中心据え、日本の歌曲と5人の木管楽器とピアノが全員で演奏できる六重奏の曲も含めて次のようなものになった。

    1. ダンツイ作曲:木管五重奏曲 変ロ長調 Op.59-1
    2. 杉浦邦弘編曲:日本の心(森の水車、小さい秋見つけた等4曲のメドレー)
    3. モーツアルト作曲:ピアノと4本の管楽器のための五重奏曲 KV452
    4. 中川良平編曲:ロンドンデリーの歌(ピアノと木管五重奏)

    練習の過程で特筆すべき話題は、水間博明氏(ケルン放送交響楽団 首席ファゴット奏者)の公開レッスンを受けたことである。大阪駅前のドルチェのホールで1時間という制約のため、ダンツイとピアノ五重奏曲のいずれも冒頭部分を診ていただいた。いろいろな注意があった中でも、

    ・奏者相互のアイコンタクトをしっかりとること。
    ・音程を正確に合わせること、
    ・楽しい表情で演奏すること、

    この3項目は、その後の練習で特に集中して取り組んだが、そう簡単に身に付くことではない。そこでオーボエの宮崎氏のリーダーシップが大きな役割を果たし、俄か編成のアンサンブルのまとまりに強力な役割を果たしてくれた。

    3. 現地でのレッスン・本番
    8月4日、朝9時半に関空を発ち、ウイーン経由で夕刻6時半にはザルツブルグ空港に着いた我々は、直行したホテルで冨永氏の出迎えを受けた。初対面の挨拶もそこそこに、今後の予定を確認して、全員に必要なツアーチケット類をいただき、清水焼のお土産を差し上げた。その夜は夕食を兼ねて、10時近くなってから、近くの地元料理のレストランに繰り出し、道路わきのテーブルを囲み、肌寒い夜気に震えながら前夜祭を催した。適当に注文して出てきた肉塊の巨大さ。さすがの松本さんもネを上げてしまった。

    写真1 ザルツブルグ空港(左から山岡、村本、松本、酒井、宮崎、穴原)

    写真2  8月なのに夜気にふるえながら前夜祭

    翌日から3日間、午前中は自由、午後はレッスン、リハーサル、本番というスケジュールが組まれていた。
    午前中の自由時間は、もっぱらザルツブルグの名所を勝手気ままに見物して楽しんだ。特に印象に残ったのは、小高い丘に聳えるホーエンザルツブルグ城からの旧市街の眺めは、まるでお伽話の世界を見ているような美しさであった。

    写真3 ホーエンザルツブルグ城

    写真4 ザルツブルグ旧市街の景観

    その景観を満喫して降りてくると、モーツアルト広場の一隅でハープの路上演奏に出くわした。かそけきハープの音が鮮明に響く街の静けさ、演奏している女性の愛らしいこと!。思わす横にあった彼女のCDを買い求めて、彼女の今後の活躍が順調であるよう願わずにはいられなかった。

     

     

    写真5 街角で見かけたハーピスト

     

    午後の練習は2時から5時まで、本番と同じホールを使わせていただいた。ホールは、ホーエンザルツブルグ城を眼前に見上げる閑静なモーツアルテウム管弦楽団の本拠地の一角にあるヤマハザールで、天井が3階よりも高い木造の空間で、響きの柔らかい素晴らしいホールであった。
    冨永氏のレッスンでは、メンバー一人一人にそれぞれご示唆をいただいたが、モーツアルトの演奏には、フレーズの語尾を柔らかく丁寧に収めるようにとのご指示が印象に残った。

    写真6 冨永さんのレッスン風景

    本番には、モーツアルテウム管弦楽団のメンバーやOB、そのご家族の他、ウイーン在住で私の妻の友人も泊りがけで来てくれて、合計30人余の方々が聴いてくださった。本番の最初はやはり堅くなり、それにモーツアルテウム管弦楽団の顔見知りの名手と目があったとたんに手が震えて思わぬハプニングもあったが、そこは百戦錬磨のサムライたちのこと、すぐに平静を取り戻し、最後まで練習通りの演奏を披露できた。
    アンコールには6人全員で演奏できる「もうすぐ汽車がやって来る」(中川良平氏編曲)を演奏して、皆様の祝福のうちに無事すべての予定を終了した。

    写真7 本番の最終ステージ(ピアノと木管五重奏)

     

    4. 打ち上げ
    本番終了後、その建物に付随した一室で、冨永氏が準備してくださった心づくしのバーベキューの打ち上げに、お客様の一部の方々とともに招待され、英語、ドイツ語、日本語の飛び交う和やかな歓談を楽しんだ。
    ザルツブルグモーツアルテウム管弦楽団の主席ホルン奏者のシュヴァイガー氏は、その夜ザルツブルグ音楽祭の催しの一つである「リゴレット」のTV録画に出演していたが、演奏の合間を抜け出して我々の演奏を聴いたり、バーベキューの手伝いをして、出番の時刻になると自転車で会場に駆けつけるという離れワザをやっておられたのにはすっかり驚いた。大丈夫なのかと心配する我々に、自分の出番の時刻はよく知っているし、オケピットだから平服でOKとニコニコしていた。宴もたけなわになった頃、シュヴァイガー氏が松本さんにレッスンをしてあげようということになり、ホールに戻ってマンツーマンのレッスンが約30分行われた。私もついて行って見学したが、先刻演奏したモーツアルトのホルンのフレーズを一つずつ取り上げ、スラーのかけ方、音程の悪い音の指使いなども丁寧に指導され、最後は楽器を離れて呼吸法の特訓であった。この管楽器に基本の呼吸法には私も加えてもらったが、これを3ヶ月続けなさい、きっと見違えるようになるからと励まされた。
    そのあと、倉庫に仕舞ってあった彼のお父上の製作された4メートル近いアルペンホルンを持ち出してきて、宴に花を添えてくださるなど実にのどかな暖かい雰囲気に包まれて、心行くまで音楽に心酔した一日であった。

    写真8 打ち上げ(左から酒井さん、冨永さんとご両親)

    写真9  シュヴァイガー氏のレッスンを受ける松本さんと 同氏のアルペンホーンの余興演奏

    5. 晴れ晴れと
    翌日は、心も身体も開放されて、ザルツカンマーグートに観光に出かけ、緑豊かな美しい郊外の自然を存分に楽しみ、夕刻ザルツブルグに戻ったとき、街に大きな虹がかかって、コンサートの成功を祝ってくれているようであった。
    「素人がこんなにまでやるのなら、我々はもっと頑張らねばいかんナ」とザルツブルグモーツアルテウム管弦楽団の楽員に褒めて?いただいた言葉を大切に秘めて、残りの僅かな滞欧日程をそれぞれの観光旅行に別れていった。

    写真10 ホーエンザルツブルグ城にかかった虹

    6. あとがき
    このやや無謀な計画が楽しい忘れ難い旅に終始できたのは、一重に冨永さんのお陰によるものとここで改めて感謝の気持を捧げたい。会場の手配、プログラムの製作、宣伝、レッスン、打ち上げから全員の旅行の手配まですべて、それに我々に「京都木管五重奏団」という畏れ多い名称をつけてくださるなど、お忙しい演奏活動の合間を縫って、何度もメールで丁寧に対応してくださった冨永さんの穏やかで誠実なお人柄が深く心に沁みる。それとシュヴァイガー氏から受けた彼の壮麗なホルンの音以上におおらかな親日ぶりも、思い出すたびにこの上なく幸せな気分にしてくれる。
    音楽は素晴らしい。しかしそれ以上に音楽で結ばれた者同志の心のふれあいこそ、音楽を好きになってしまった私たちにとって何ものにも代えがたい宝物ではないか。モーツアルトがそのきっかけをつくってくれたような気がしてならない。
    その後も、演奏旅行に来た彼らの案内役を務めたり、冨永さんからは今年もまた来ないかとお誘いを受けたり、温かいゆったりとした交流が続いていている。
    おわり

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